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2011年8月24日 (水)

60日闘争

あれは、5月19日の朝に始まりました。14日から2泊3日で広島へ旅行した矢先の事です。朝、自室で捜し物をしていたら、立ちくらみが起こり、意識を失って、倒れてしまいました。でも、外の声ははっきりと聞こえていました。完全に意識が戻ったのが、翌日の朝5時過ぎ。私は、救急車の中にいました。搬送先がなかなか決まらず、ようやく決まった先は、自宅から歩いて10分程にある病院でした。医師の話によると、急性腎不全と床ずれに似た病気、褥瘡(じょくそうと呼びます)をお腹周りに2ヶ所、起こしていました。後日談によると、私は、意識を失ってから20時間、ベットのマットレスに挟まった状態でいたと言う事です。

病院に着き早速、担当の循環器科の医師から病状についての説明があり、すぐに人工透析を始めるとの事。これが長くて1回3時間。これが5日程毎日行われました。後は、褥瘡からのばい菌を守るために、点滴を朝晩1回ずつ計2時間程行われました。私は5日程ICUの病室にいて、一般病室に移されたのが、5月末頃でした。その時考えていた事は、税金の支払いの事でした。5月中、6月中に支払う税金が結構あって、とりあえず1期分の税金を納めて、それは解決しました。一応退院の目途は6月末と医師から言われ、一安心。療養を続けました。でも、新たな病も出てきました。左手全体が痺れてしまい、麻痺を起こしていたのです。原因は不明です。これはリハビリ訓練をしていく方針を立てました。

梅雨が本格的になった6月中旬のある日、食堂で夕食を食べ終わり病室へ戻る際に医師と会い話を聞くと、意外な事に。退院は早くても7月末になると言う話を聞き、愕然としました。腎臓は入院前の生活と変わらない状態になったものの、褥瘡の治療が長引くとの事。仕方ありませんでした。循環器の仕事は終わったのですが、褥瘡は皮膚科。毎週火曜日の午後は、「褥瘡回診」と言って褥瘡専門の皮膚科の医師が様子を見に来るのです。私はこれが嫌いでした。病室に医師が入って来るなり、喧嘩。おまけに褥瘡の部分をデジカメで撮影するのです。参りました。

6月も終わりの頃、医師から1泊2日の外泊許可をもらいました。7月の第1週の土・日です。嬉しかったと同時に、「2階はどうなっているのだろう」と。そして自宅に帰り2階の様子を見ると、散乱状態。手がつけられません。「退院したら、どのような生活を送るのだろうか」と。暑さが加わって来たので、2階の整理は秋にする事にしました。そして、7月19日、退院することができ、今はリハビリと皮膚科の外来を受けています。長かった60日の入院生活は終わりました。

退院して1ヶ月が過ぎました。未だに左手は麻痺状態が続いていますが、普段の生活に慣れてきました(でもこの文章は、殆ど右手で打っています)。31日には、毎年恒例の軽井沢日帰り旅行が待っています。来月は念願叶って、「はやぶさ」のグランクラスに3回乗車します。そして月の連休中の間に、横浜で行われる丹下桜さんのライブに行きます。やっとご本人に「新幹線さくらグッツ」を渡す事が出来ます。10月は、函館旅行と関西旅行。11月は、鹿児島旅行と続く予定でいます。これも、体が健康だから出来る事だと感謝しています。まだまだ長い人生が続きます。一日でも長く健康でありますように…

最後に… 私を支えてくれた病院関係者の方々に、心からの御礼を申し上げ、今回のブログ日記を終了します。長文になり、申し訳ありませんでした。

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